エビデンス EVIDENCE

オフィスの緑がストレスを下げる理由(その2)

2025.09.23

注意回復理論を裏付ける研究

今回は、オフィスの緑がストレスを下げる理由(その1)で紹介した注意回復理論(Kaplan&Kaplan, 1989)を裏付ける研究について紹介します。注意回復理論とは、注意回復要素(解放・広がり・魅了・適合性)が満たされる景観ほど、(続けると疲労する)自発的注意(Directed Attention)機能の回復に役立つという考えでした。

 Bermanら(2008)は、大学生に認知機能を測定する課題(Backwards Digit Span Task)を行わせた後、自然環境(大学近くの樹木園)または都市環境(交通量が多い通り)での散歩(50分)をさせて、再び同じ課題を提供しました。

自然環境(樹木園)の散歩  

交通量の多い都会 (*写真はイメージ画像)


穏やかな自然からの心地よい刺激が脳に与える効果

すると、自然環境を散歩した学生では、散歩前の得点より散歩後の得点が向上し、有意な差が認められました。ここでいう「有意」とは、散歩前後の得点について統計処理を行った結果、統計学的に「改善した」という差が認められることです。一方で、都市環境を散歩した学生の得点改善は、自然環境を散歩した学生の得点ほど顕著な改善は見られませんでした。

散歩後の気分の変化と認知課題の成績向上について調べた結果では、自然環境、都市環境どちらの得点も散歩後の気分変化の程度と相関がありませんでした。
つまり、自然環境を散歩した後の認知機能の改善は、単なる気分のよさ(情動的理由)によるものではないとのことでした。
一方で、自然環境の散歩でよくリフレッシュ(気分やエネルギーの回復)ができたと感じた程度が高い人ほど、認知課題の成績もよかったそうです。この結果から、リフレッシュできたと感じる程度と認知機能の働きやすさは関係していると考えられ、『自然と人との相互作用は、認知課題に必要な自発的注意(という認知機能)を回復した』と結論づけられました。


認知機能の回復に影響を与えた可能性

この結論は、脳科学的視点からも支持されます。前置きとして、脳のしくみを簡単に説明します。大脳のもっとも外側には大脳皮質があります。大脳皮質にある前頭葉では思考・判断・計画・運動の指令、頭頂葉では触覚情報や空間の認知、身体の位置感覚、側頭葉では聴覚情報や言語理解、記憶処理を、後頭葉では視覚情報の処理を行っています。
Bermanら(2008)の研究の話は、大脳の内側である大脳辺縁(へんえん)系という領域に関係します。大脳辺縁系の一部である前部帯状回(ACC)は、大脳皮質にある認知機能制御や、情動機能制御を行う領域(Posnerら,2007a、2007b)、聴覚や視覚といった感覚機能を制御する領域(Crottaz-Herbette, S., & Menon, V. (2006)とつながっています。このことから、自然環境からの感覚刺激がACCを通じて認知機能の回復に影響を与えた可能性が示唆されるのです。

脳のしくみ


KaplanとBerman(2010)も自然環境からの感覚刺激がACCを通じて認知機能の回復に影響を与えた可能性と関連する内容を述べています。
自己制御(Self-Regulation:自分自身の行動・感情・思考を意識的に調整するプロセス)や実行機能(Executive Functioning:目標設定、計画、実行に必要な高次の認知機能)も自発的注意(Directed Attention)を必要とする。これは、前頭葉や頭頂葉などの認知制御ネットワークに依存しており、過剰使用により疲弊する。
こうした自発的注意の特性に対して、自然環境(例:森、公園、湖畔)は「Soft Fascination(穏やかな魅力)」を提供し、注意を穏やかに引きつける(外部からの快刺激により非自発的に注意が働く)ことで、自発的注意機能(Directed Attention)を休ませる。そのため、自然環境との接触後には、自発的注意を必要とする課題において、より良いパフォーマンスが発揮できる。
逆に都市環境には、思考の余地を奪うような強い刺激「Hard Fascination(強い刺激)」が多く含まれており、それらを克服するために自発的注意が必要となる(例:人込みを避けて歩く、目に入る広告や耳に入る音を無視する)ため、自発的注意の回復には向かない。

こうした知見から、オフィスに緑を置く行為は、単なる快適さや美しさを求めることにとどまらず、仕事に求められる自発的注意機能を回復させる効果があり、仕事の生産性向上につながる可能性があるといえるのです。


Berman, M. G., Jonides, J., & Kaplan, S. (2008). The cognitive benefits of interacting with nature. Psychological science,  
19(12), 1207-1212.
Crottaz-Herbette, S., & Menon, V. (2006). Where and when the anterior cingulate cortex modulates attentional response:
combined fMRI and ERP evidence. Journal of cognitive neuroscience, 18(5), 766-780.
Kaplan, R., & Kaplan, S. (1989). The experience of nature: A psychological perspective. Cambridge university press.
Kaplan, S., & Berman, M. G. (2010). Directed attention as a common resource for executive functioning and self-regulation.
Perspectives on psychological science, 5(1), 43-57.
Posner, M. I., Rothbart, M. K., Sheese, B. E., & Tang, Y. (2007a). The anterior cingulate gyrus and the mechanism of self-
regulation. Cognitive, Affective, & Behavioral Neuroscience, 7(4), 391-395.
Posner, M. I., Sheese, B. E., Odludaş, Y., & Tang, Y. (2007b). Analyzing and shaping human attentional networks. Neural
networks, 19(9), 1422-1429.

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